第五回:「中宮団地」

登場人物
蛍子
竹中

中宮住宅は典型的な”団地”である。本当に。
いわゆる団地だ。そして団地にはぱっと見は変なものがたくさんある。
貯水塔とか、やけに高い塔があったりする。たぶんアンテナとか避雷針なんだろうけど。
公園があり、自転車置き場があり、そしてピーッコックがある。
変な文房具屋がある。スナックのよう名前だったりする。
面白いパン屋もあって、そこでは恐らく団地の住民なんだろうけれど誕生日会などでのホームビデオが延々と回されている。
でもこの映像意外と楽しくて、こういう交友が団地の妙味なんだろうなあ、と思う。
ただ行き交う人々が高齢化していっていて、それがなんだか今後の日本を暗示しているようでもある。
社会の縮図なんだろうか。

ト、蛍子はベンチに座っている。何かを見つけてその元に駆け寄る。拾い上げかけてやめる。そこへ竹中がパン屋の袋を持って現れる。

竹中:これ、すきだったろ。

蛍子:太っちゃうでしょ。

竹中:そうか?

蛍子:変わらない?

竹中:ああ。

蛍子:あなた贔屓目でみるから。

竹中:うーん、そうかな。

ト、袋からパンを出して食べる。

蛍子:おいしそう。

竹中:・・・・・・。

ト、袋からもう一個出して蛍子に手渡す。

蛍子:・・・・・・。

竹中:それで、

蛍子:え?

竹中:楠木くんなの、それは?

蛍子:ああ、・・・多分。恐らく。

竹中:石投げねえ。

蛍子:石けりね。

竹中:ふーん。何でだろうねえ。・・・何か言ってたの、彼。

蛍子:いや、何にも・・・。

ト、竹中は蛍子の顔を見る。

竹中:・・・・・・。だろうな。

蛍子:だろうな、って何よ。

竹中:いや、あんまりそういうこと言わないからな。

蛍子:言わない、って?

竹中:仕事のことあんまり話さないって、・・・・・・夫婦時代に言ってたじゃない

蛍子:夫婦時代って、なんでそんな名づけ方するのよ。

竹中:水色時代みたいでいいだろ。・・・ばら色時代って名づけようかな・・・。

蛍子:ごめんなさい・・・。

竹中:いや、俺が悪い。わる、かった。忙しすぎた。そうまでしたけど・・・。

蛍子:ん?

竹中:いや。結局。

蛍子:そういえば、何でこっちにまだいるの?

竹中:いや・・・。なんっでっかなあー。

蛍子:・・・・・・。

ト、笑う竹中。

蛍子:仕事は?

竹中:うーんぼちぼち。

蛍子:肉体労働でしょ。

竹中:実は経理に回った。

蛍子:きつかった?あ、わかった、愛想悪すぎでしょ。おじいちゃんおばあちゃんから嫌われたんでしょ。

竹中:ちがうよ。ああいう現場は意外と経理が分かる人が居ないんだ。会計って専門職なんだよ。

蛍子:ただの銀行マンじゃなかったんだ。

竹中:優秀な銀行マンだったの。

蛍子:へえー、。たしかに、あんまり分からなかったなあ仕事のこと。

竹中:楠木君もそんなに話さないだろ。

蛍子:え?

竹中:何か懐かしい風景を見たくなったんじゃない?

蛍子:何が?

竹中:そういう時ってあるんだよ。

蛍子:????

竹中:哲生君もそうだったろ?・・・五年前、こっちに越してきたとき。

蛍子:ああ、・・・。あれってそうだったの?いや、そうっていうか。

竹中:あっちに気をかけてたのにな・・・。と、いうか手元がおろそかだったんだろうな。

蛍子:手元。

竹中:いや・・・。

蛍子:忙しかったからねえ・・・。

竹中:ゴメン。

蛍子:こんな風に、しかもこんな生活色強い団地の中で、この時間に会話があなたとできるなんて考えられないわ。

竹中:曜日関係ないからね。今の仕事。でも多分そういうんじゃなくて、余裕の違いかなあ。いっぱいいっぱいだった。

蛍子:・・・・・・。

竹中:なんであんなに仕事してたのかなあ。??

蛍子:妻を守るためじゃなかったの?

竹中:そのはずが、・・・するりと逃げてった。いや逃がしたのか。あるいは・・・。

蛍子:あるいは。

竹中:追い続けているのか。

蛍子:ばか。

ト、冷たい風が流れる。目の前をおばあちゃんが歩いていく。
蛍子:とにかくご両親のところに行って、それからおじい様たちのところにも行くわ。

竹中:おじいちゃんおばあちゃんもこっちなのか、彼。

蛍子:そう。

竹中:あいつのところにも行ったら?哲生君。

蛍子:うん、そうする。

竹中:案外高校とか行ってるかもな。

蛍子:?

竹中:なーんかね、行きたくなるの。

蛍子:ふーん。長野高校の伝統?

竹中:そうね。10年後なのか12年後なのか分からないけど、なんか行きたくなったりするんじゃないかなあ。

蛍子:落ち込んで?

竹中:いや、それは違う。なんっか行きたくなる。

蛍子:ふーん。

竹中:そう。ほら市民の森とかいったじゃん。

蛍子:?

竹中:新婚時代に。

蛍子:あ、ああ。

竹中:あの時はとってもきれいなときだったなあ。

蛍子:そうだっけ?夏だからあんまり花とかシーズンじゃなかった気が。

竹中:いや、・・・蛍子がだよ。

蛍子:あのねえ。

竹中:いやいや。でもすいれんとかはあっただろ。

蛍子:ああ、まあ。あそこで昼寝してたときが最高だったかもね。

竹中:俺がサルトル読んでたとき?

蛍子:そう。なーんか、暖かくて、気持ちよくて。安心に包まれてるっていうか。

竹中:飛び出しちゃったじゃん。

蛍子:うーん。・・・・・・。

竹中:・・・・・・。多分思い出の地を楠木君は回っているのだ。きっと。

蛍子:うん。

竹中:・・・・・・

蛍子:あの。・・・・・・

竹中:・・・・。うん。じゃあな

蛍子:はい。・・・・・・・行くわ。

竹中:ご両親とこ?

蛍子:一応。なーんかは分かるでしょ。

竹中:どこ?

蛍子:樋上。

竹中:団地じゃん。

蛍子:団地好きなの、私、多分。

ト、笑って蛍子は立ち去る。竹中はどこか一点、遠くを眺める。